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メンバー紹介

菅沼会長インタビュー(上部)と連盟あるある(下部)を掲載しています

菅沼勉会長に聞く

━━━世田谷少年サッカー連盟の運営に関わったキッカケは?

  • 皆さんと同じように「保護者」として、かかり始めました。桜町(注・桜町スポーツクラブ)に子供がお世話になっていました。当時、世田谷区は、子供から大人まで全体がひとつの団体でしたし、私もどちらかといえば、野球派でした。

━━━1987年に少年サッカー連盟として、独立されましたね?

  • そのころは、私同様、野球少年だった保護者ばかりで、サッカー経験者はほとんどいませんでした。今の少年サッカーの盛況ぶりから考えれば、想像がつかないと思いますが、指導者がいない、少年用ゴールなどの設備がない、そして何より、少年サッカーが専用で使えるグラウンドがない、と「ないない尽くし」でした。

━━━「菅沼トラック」が大活躍だった?

  • うちは桜新町の肉屋ですから、トラックを持っていました。週末になると、そのトラックに試合用の機材を積んで、今日は目黒、明日は河川敷など、早朝から準備です。お話ししたように、専用グラウンドなどありませんし、機材を保管する倉庫もあるわけではないので、週末ごとに転々としながら、試合・大会をやっていました。そのころから、お父さん、お母さんがラインを引いたり、枠だけのゴールにネットを張ったり、子供たちがサッカーをやれるようにと一生懸命でした。今も多くの保護者や指導者が大会運営のために、土日、祝日を厭わず活躍いただいている良い伝統ができました。

━━━年間試合数など都内有数の規模ですね?

  • 独立からしばらくは、1面のグラウンドを2面に、1箇所が2箇所に、と少しずつ使えるグラウンドが増えていきました。少年用として、最初に専用で使えるようになったのは「砧公園グラウンド」でした。少年野球用の設備以外で、確保しないといけませんでしたので、区内の小学校からはじまり、世田谷区、東京都など、あちこちにお願いに行きました。ポイントは情報収集と早め早めのアクション、そして何より「チャレンジ」することです。チャレンジもせずに現状に甘んじるのが嫌いなので、少年サッカーの環境整備のためなら、とチャレンジしました。加盟クラブ61、児童数約5,800名、年間試合数1,300は歴代そして今連盟の運営に関わっていただいている役員、保護者、指導者のチャレンジの賜物です。
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  • 連盟の会長として大会表彰式で挨拶


━━━少年サッカーの醍醐味は?

  • これはサッカーに限ったことではありませんが、小学生時代のスポーツをはじめるとする経験は、日々の個々人の努力もそうですが、大人との接し方、つまり社会との関わりであるとか、何より友達との関係など、いろいろな人間関係のなかで育まれる大事なものを獲得できるチャンスだと思っています。連盟の子供たちが全員プロの選手になれるわけではありませんが、中学高校時代にサッカー、フットサルを楽しみ、大人になってもずっとサッカーを楽しめればと願っていますし、その時の友情や人間関係が、のちのちの支えになってくれればと思っています。

━━━桜新町の話も教えてください?

  • 私の地元は桜新町で、区内でも有名な街のひとつです。全国といわず、最近は世界でも「サザエさん」の街として有名です。さくら祭り、ねぶた祭りなど、区の内外から多くの方に来ていただくイベントもあります。波平さんの「髪の毛」でもマスコミに取り上げられましたし、保護者、指導者の世代では、何と言ってもチーターこと水前寺清子さんがお住まいで、本当に地域のためにお力添えいただいています。東日本大震災のあと、「365歩のマーチ」を被災地からお見えになった方々の前で熱く歌っている姿には、水前寺さんとは長いおつきあいですが、その迫力に圧倒されました。
  • 桜新町商店街振興組合の前の理事長を務めさせていただいていましたが、今は若い方々を応援する立場で日夜動いています。誰が見ていても見ていなくても、地域の代表ではなく、「代わり」にやらせていただく思いを常に抱いています。
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  • 桜新町のシンボルサザエさん一家と

世田谷少年サッカー連盟は、まだダイヤルアップの時代からホームページを開設し、メーリングも整備し、先進的な運営をする団体になりました。菅沼会長はいまだにガラケーで、メールの送受信もままなりません。しかし、子供たちを思う使命感と責任感は人一倍で、連盟運営の幹の部分を体現しています。トラックでの機材運搬時代からのフットワークの軽さで、連盟会長としてのリーダーシップに期待しています。(談・世田谷少年サッカー連盟・渡辺征事務局長)
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桜新町は、「サザエさん」の街と言われます。その意味は、サザエさんで描かれるような、3世代で、ほのぼのとした家族の街であると思っています。菅沼顧問(注・桜新町商店街振興組合での肩書き)は、青年経営者たちの良き先輩で、上から目線ではなく、いつも「一緒」にを心がけてくれています。地域に菅沼顧問がいることは、本当に頼りになります。綺麗好きで、組合の倉庫の片付けを頼むと、知らない間にいろいろなものが処分されている点を除けば・・・。(談・桜新町商店街振興組合・坂口賢一理事長)

About SJFL

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世田谷少年サッカー連盟あるある

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(せたLabo責任編集)

トップページの「天気」には、なぜ5つも天気予報がリンクされているの?
それは、渡辺事務局長が試合・大会開催日の早朝(だいたい3時ころ)に起きてから、その日の天気をチェックするために設置してあるのです。実は主に「自分用」です。

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連盟のホームページって、ずいぶん昔からありますか?
今は「光回線」とか通信速度も「ギガ」の時代ですが、まだISDN回線(64kbps~128kbps)が商用化される前の「ダイヤルアップ接続」時代の1999年10月には公開されていました。当時は、インターネットにつなぐ時間だけ料金の請求を受ける「従量課金制」で、ホームページの更新で、月の通信費が◯◯万円かかったことも・・・。(もちろん、渡辺事務局長の個人負担)
その頃、ホームページの作成や更新は「Microsoft FrontPage」で。
その後、CMS(Joomla、Wordpress)を経て、現在のかたちに。
空前絶後の16年の運用です。

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不定期ですが、世田谷少年サッカー連盟の隠された歴史を連載します。(せたLabo事務局)

クラブについて

「せたLabo」は主にSJFLの皆様へ、有益な情報を発信するキュレーション・サイトです。
日頃、SJFLの活動にご協力いただく協賛企業団体のニュースを始め、保護者の関心の高い学校情報やサッカー・フットサルの情報を掲載します。

ニュースなどを掲載している企業・団体の多くは、世田谷少年サッカー連盟の運営に協力していただいており、せたLabo責任編集で掲載をしています。